大判例

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東京高等裁判所 昭和35年(う)313号 判決 1962年5月17日

控訴人 被告人 猪股功

弁護人 義江駿 外一名

検察官 原長栄

主文

原判決中被告人に関する有罪部分を破棄する。

被告人を懲役二年六月に処する。

押収物件中、当庁昭和三五年押第一三四号の七の丸谷証券株式会社社長米本卯吉振出名義金額百万円の小切手一通、同二八の同人振出名義金額百五十万円の小切手一通、同六及び三の同人振出名義金額二百五十万円の小切手二通、同五、三一乃至三四及び四の同人振出名義金額五十万円の小切手六通、同一〇の同人振出名義金額二百万円の約束手形一通並びに同一一の同人振出名義金額百五十万円の約束手形の各偽造部分はこれを没収する。

訴訟費用中、原審証人佐々木真人、同安盛正蔵(但し昭和三一年八月四日の分を除く)に支給した分は被告人と原審相被告人小川貢平との連帯負担とし、同証人岩崎磯五郎、同松尾亮一、同菊川芳夫、同野長瀬弘男、同早瀬大介及び当審証人三森丑吉に支給した分は被告人の負担とする。

公訴事実中、被告人が原審相被告人野口至昊に対し、昭和二十七年九月七日頃現金二十万円を、同年十二月三十日頃現金十八万円を、各贈与し、右野口の職務に関し不正の請託をなして財産上の利益を供与したとの事実については、被告人は無罪

理由

所論は、まず、原判決が第二章第二節の第三において判示する贈賄事実につき、収賄者である原審相被告人野口至昊は、毎日新聞社社会部副部長として、第一線記者の原稿を加筆することはあつても、採否決定をなすものでなく、また、職制上は、部長を補佐し部長が事故あるときはその代理をするということになつているが、実際面では、慣習によりある程度の範囲の活動を代行していたに過ぎないのであるから、商法第四百九十三条第一項第四百八十六条第一項にいわゆる「営業ニ関スル或種類若ハ特定ノ事項ノ委任ヲ受ケタル使用人」には該当しないから、本件につき贈収賄罪は成立しない旨原判決の事実誤認を主張するものである。

よつて按ずるに、原判決第二章第三節の(四)に掲記する証拠に徴すれば、野口至昊が株式会社毎日新聞社東京本社編集局社会部副部長として、部長を補佐し、部長事故あるときはその事務を代理する外、慣習上部長の事務を大幅に委任され、同部遊軍記者の配置、取材事務の指揮監督、新聞掲載用原稿の処理並びに採否決定、ゲラ刷の作成検討等同部に属する事務の処理をその職務としていたことを認めることができる。そして本件公訴事実及び原判決は、右のような職務を有する野口が商法第四百九十三条第一項第四百八十六条第一項にいわゆる「営業ニ関スル或種類若ハ特定ノ事項ノ委任ヲ受ケタル使用人」に該当するものと認定しているのである。しかしながら、右にいう使用人とは商法第四十三条第一項に規定する「営業ニ関スル或種類又ハ特定ノ事項ノ委任ヲ受ケタ」商業使用人を指称するものと解すべきことは文理上明白であるところ、同条にいう商業使用人とは雇主たる商人に雇われ雇主の営業を補助するもので、主として雇主が営業のため行うべき一定範囲の法律行為(例えば出納、仕入、販売)を代理する職務に服する使用人を意味し、その任務の性質上、一般的に雇主の対外的な営業上の法律関係の発生、変更、消滅を生ぜしめるような性質の営業に関する事項について雇主を補助する者である。さればこそ、同条第一項は、右の如き商業使用人に対し、その担当部門に関し抽象的に定められた事項についての包括的な代理権を認め、同条第二項において、この代理権に加えた制限はこれをもつて善意の第三者に対抗し得ない旨規定し、もつて商取引の安全に資しようとしているのである。そして同法第四百八十六条第一項は、このような包括的な代理権を与えられた商業使用人がその任務に背いて会社に財産上の損害を加えた場合は、会社の取締役、支配人等が任務に背いた場合と同様、普通の背任罪より重く処罰し、同法第四百九十三条第一項は、右の如き商業使用人がその職務に関し不正の請託を受け財産上の利益を収受した場合は、これを特別の涜職罪として処罰する旨規定しているのであるが、右は右の如き商業使用人の背任行為若しくは収賄行為は会社、ひいてはその出資者の利益を害すること特に大であるからである。そして同法第四百九十三条第一、二項の涜職罪の規定は、株式会社役員又は前記商業使用人の清廉性を要求する面も存するが、第一義的には、営利を目的とする株式会社の財産的損失を防止することを立法目的としたものであり、(株式会社の役員その他の使用人の職務執行の公正清廉性を保つことを目的とするならば、「経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律」第二条の如き一般的立法をなすべきである。)同条の規定は特別背任罪を規定した同法第四百八十六条第一項の規定を補足したものと解すべきである。してみれば、株式会社の使用人であつても、営業行為に直接関係する職務に服さず、従つて単に営業の内部かぎりの業務に従事し、或いは対外的に商行為を営む等法律関係を生ぜしめることのない地位にある者、例えば、新聞社または出版会社の編集乃至取材関係の社員、製造会社の研究所または工場の純然たる研究員又は技師(資材の買入、物品の払下等に関与する職務なき者)会社の守衛長のような者は、たとえ編集、取材、技術研究物品の製造事務の管理というような事項につき会社から特定の事項を委任されていたとしても、商法第四十三条第一項第四百八十六条第四百九十三条第一項に規定する「営業ニ関スル或種類若ハ特定ノ事項ノ委任ヲ受ケタル使用人」に該当しないものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、前記のように、野口至昊は、株式会社毎日新聞社東京本社編集局社会部副部長として、慣習上部長の事務を大幅に委任され、同部遊軍記者の配置、取材事務の指揮監督、新聞掲載用原稿の処理並びに採否決定、ゲラ刷の作成検討等の事務のみを処理していたというのであるから、右事務がいずれも同会社の対外的な営業上の法律関係を発生させるような営業に関する事項に属しないことは明らかであり、右野口の地位が商法第四百九十三条第一項が引用する商法第四百八十六条第一項にいわゆる「営業ニ関スル或種類若ハ特定ノ事項ノ委任ヲ受ケタル使用人」に該当しないことはいうまでもない。してみれば、原判決が被告人に対し、野口至昊に対する贈賄の事実を認定し、同法第四百九十三条第二項の罪に問うたのは法令の解釈適用を誤つたものであつて、この誤は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、論旨は結局理由あることに帰し、その余の論旨に対する判断まつまでもなく、原判決はこの点において破棄を免れない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 岩田誠 判事 司波実 判事 小林信次)

弁護人義江駿外一名の控訴趣意

第三章(商法違反事件)の一 被告人猪股功の野口至昊に対する商法違反(贈賄)被告事件について

野口至昊の毎日新聞社社会部副部長としての職務権限について

原判決は野口至昊の職務につき「野口は毎日新聞社東京本社編集局社会部副部長として、部長を補佐し、部長事故あるときはその事務を代理するほか、慣習上部長の事務を大幅に委任され同部遊軍記者の配置、取材事務の指揮監督、新聞掲載用原稿の処理並びに採否決定、ゲラ刷の作成検討等同部に属する事務の処理をその職務としていたもので、商法四八六条一項にいわゆる営業に関する或る種類若くは特定の事項の委任を受けた使用人に該当していたものである」と認定して、弁護人等の主張を排斥した。而してその理由とするところは(1) 野口の社会部副部長としての地位は、一介の社員、サラリーマンと目すべきものではないと同時に証拠よりみても、新聞掲載用原稿の採否決定の点について、社会部副部長にその権限のあることが十分認められる。そして後者の点について更に説明すれば、印刷工場の方に原稿を出す最終的権限は整理部乃至整理部長にあるといえる如くではあるが、整理部に至る過程において、社会部副部長が、一線記者の書いた原稿を加除訂正した上この原稿を新聞に掲載すべきや否やを勘案し取捨選択して、掲載すべきものと認めた場合これを整理部に回すのであり、従つてその意味においては、いわば一線記者の原稿の採否決定の権限は先づ第一次的に社会部副部長にあると認められるのである。(2) 新聞の使命の重大性、公共性に鑑みれば社会部副部長の地位は、当該新聞社にとり、まことに重要視すべきものであつて、商法四八六条一項にいわゆる営業に関する或種若は特定の事項の委任を受けた使用人に該当するものと解せざるを得ない。というのである。

然し、右判決の認定は到底承服し難いものがある。先づ右(1) の理由について検討するに、原審証人、山代宗徳の証言によれば、「……つまり整理部の方で工場の方に原稿をだす権限は、一切整理部にあるわけですから。ただ、社会部は取材、執筆して原稿を書いて整理部にだすまでと。もつともその社会部の立場からこの記事の扱いはもつと大きく扱えとか、これ程扱はんでもいいじやないかというようなことはいたしますが、しかし最終権限はやはり整理部長がもつております。」とあり、原審、被告人野口至昊の供述によれば、「職制的なものは成文化してないのですが、慣習的なものは、これは新聞社がはじまつて以来デスクというものがあつて、そのデスクになる人が副部長ということで順繰りにやつてきているわけです。」「あえて成文化してみると取材活動の統轄、指揮、命令、それから原稿の加筆削除、それから部員の労務管理、―人事管理です。それと社会面の紙面作成の出稿側の責任、出稿側の実質的な責任をもつているわけです。」という次第であつて社会部副部長は第一線記者の原稿を加筆削除することはあつても、採否決定をなすものではないのである。ただ社会部は取材、執筆して原稿を書いて整理部にだすだけの仕事をするにすぎないのである。原判決が之に反する認定をした所以は、恐らく検察官の問に対する山代証人の次の証言(前記証言に先行する部分)によるものであらう。即ち、検察官の問「こういうことになるんでしようか。原稿を記事にするかどうかというような選択とか記事の内容の検討というものは本来すべて社会部長がやることなんだ。しかしそれでは仕事が実際上できないので、そういう権能を―社会部長の権能を社会部の副部長に大幅に委任してるんだ。これは一つの慣習なんだ。こういうことなんですか。」山代証人「はあ。」右は、明かに検察官の誘導的訊問につられ、山代証人が莫然たる答えをしたに過ぎないものであつて、決して全面的に肯定された答えではないのであるから、証拠価値は乏しいものである。そして山代証人はその直後に前記の証言をしているのであるから、結局、記事の採否の権限は社会部副部長には有しないと見るのが至当である。

次に右(2) の理由を検討する。新聞の使命の重大性、公共性については原判決のいうとおりであつて、弁護人もこのこと自体を真向から争う意思はない。然しながら、そのことが直ちに社会部副部長をもつて商法四八六条一項にいう営業に関する或種類若は特定の事項の委任を受けた使用人に該当するものであると断定を下してよいものであるかどうかということである。弁護人が原審における弁論において主張したように、社会部副部長の上には社長、主幹(取締役)、編集局長、社会部長と四階段の上司があるのであつて、社会部長の地位が経営者陣に属しないのは勿論のこと更に一般社員としての地位的に見てもその上位に位置するものでは決してないのである。(編集局長以下が平社員である。)そして社会部副部長は使用人として、「営業に関する或種類、若くは特定の事項の委任を受けたものであるだらうか。否か。証拠上より見て明らかなように、社会関係の記事の取材については社会部長が会社より概ね全権を委任されているものである。(この社会部長すらも重大な決意を要する問題の場合には編集局長の諒解を得て置かねばならないのである。)そして、社会部長と社会部副部長との関係は、職制上からは副部長は部長を補佐し、部長が事故あるときはその代理をする。ということであり、ただ実際的の面において、慣習により或程度の範囲の活動を代行させられているに過ぎないのである。具体的に言つて、社会面のトツプを飾るというような記事、将来において名誉毀損で訴えられる虞れのあるというような問題、或はまだ当局において伏せている、いわゆる素破抜かれては困るというようなものを素破抜くというような問題は、当然副部長としては、部長の指示を仰がねばならぬことになっているのであつて、部長の下には四名の副部長が配置されていたのである。右のように観察すれば、社会部副部長は第一線記者の組頭的な存在にしか過ぎず、到底、特定事項の委任をうけた使用人と断ずることは出来ないのである。新聞社職員はなるほど、その使命の公共性に鑑みその行動に深甚の慎しみを持つべきことを要求されることは当然であらうが、新聞社と雖も株式会社であり、営利会社である本質は忘れらるべきではない。否、むしろ巨大なる営利団体であつて右会社を構成する社員の一人も亦、営利機関の一員として生活しているものであることを没却されてはならないのである。従つて、公務員に於ける贈賄罪の成立と本件の如き商法違反における贈賄罪の成立とは重大なる刑法的評価の差異に於て判定さるべき問題なのであつて、その適用さるべきか否かについては叙上の事実御勘案の上、慎重なる御判断を仰がんと欲するものである。

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